山菜料理 出羽屋

瞬きの中で

ひかりのかけら

2026.09.27

出会いは、かれこれ20年ほど前。

当時、名作絵画をクイズ形式で紹介するテレビ番組があった。
幼い頃の私はその番組をとても気に入り、たぶんそれがきっかけだったのだろう、美術に興味を持つようになった。


ミレー、モネ、ルノワール、クリムト、ミュシャ..
ヨーロッパを中心に、さまざまな画家を好きになった。


その中で、ヨハネス・フェルメールの作品はひときわ目を引いた。

大人になった私は、好きな画家の展覧会があると聞けば、隣県や東京の美術館まで行くようになっていた。
フェルメールについてもまた同じで、隣県で開催された展覧会「フェルメールからのラブレター展」へと足を運んだ。


「手紙を読む青衣の女」
「手紙を書く女」
「手紙を書く女と召使」


穏やかな微笑み。
日常の中にある、静寂の一片。


どの作品もやわらかな光を放っていて、心が澄んでいくようだった。

いつか、「真珠の耳飾りの少女」もこの目で観たいと願うようになった。

そして、ついにその願いが叶えられる知らせが舞い込んでくる。

――真珠の耳飾りの少女が来日する。

居ても立ってもいられず、私は美術が好きな学生時代の友人たちに声をかけた。

大人になった私たちは、それぞれの人生を歩んでいた。

結婚をして、夫婦で愛犬と仲良く暮らしている子。
子育て真っ最中で、毎日慌ただしくも子どもへ愛情を注ぐ子。
独身生活を選択し、趣味を楽しむ子。
今まさに夢に向かって、社会人学生をしている子。


事あるごとに集まっていた私たちだったが、このごろは、全員集合できる日が年に1〜2回と少なくなっていた。

みんな忙しいだろうな。
好きなものも変わったかな。


そんなことを考えたが、すぐに反応が返ってきた。
あっという間に盛り上がり、みんなで会いに行くことが決まった。


出発の朝、空港へ向かう車の中で、一人の友人が言った。

「あの頃に戻ったみたいだね」

たぶん、車内の全員が心の中で感じていた気持ち。
言葉にしてくれたことで、一気に感情があふれ出た。


高揚して話し続けていたら、寝不足が続いていることを心配されていた私は、友人たちから「寝なさい」と諭された。
まだ話したかったけれど、仕方なく目を閉じた。


友達がそばにいる安心感の中で、少しの時間ではあったが、すっと深く眠ることができた。

飛行機を降り、目的地へ向かう。
いよいよ、会える。


美術館に入り、行列に並んだ。
大混雑というニュースに身構えていたけれど、時間帯が良かったのか、思っていたほど人であふれかえってはいなかった。


それでも、オランダからやってきた絵画たちの前には、一目見ようと人が集まっていた。

奥の部屋まで進むと、「真珠の耳飾りの少女」がひとり、飾られていた。
会場のこれまでの作品たちとは違い、来場者一人ひとりが目の前で鑑賞できるようなスタイルが取られており、列に並ぶように誘導された。


行列が徐々に動き、ついに訪れる対面の瞬間。

周りの人たちは皆、写真を撮っていた。

私もせっかくだからとシャッターを切ったが、本当はこの目で見ることに意味があると思っていた。
だって、本物が目の前にいるのだ。


この目に、記憶に、しっかりと焼き付けたかった。

彼女は、本当に美しかった。

どこか儚げで、でも確かな意志を持った瞳。
余韻を残すように惹きつけられる唇。
さりげなくも印象的な真珠の耳飾り。
フェルメールブルーと呼ばれる、深く鮮やかな青。
照らされた光と影。
油絵特有の筆の跡。


細部にまで美しさが宿り、一瞬の表情が永遠のように見えた。
本当に、本当に、美しかった。


このまま、いつまでも観ていたかったが、ゆっくりとでも進む列の流れを止めることはできない。

後ろ髪を引かれながら、 ありがとう と彼女に一礼をした。

鑑賞後は、グッズコーナーへ行き、ひと通りお土産を買った。
今回来られなかった友人たちへ、ささやかでも渡したかった。


最後に、1階のミュージアムショップものぞいてみることにした。

そこには展覧会に関連のある絵本が置いてあり、
これは買わねば!
と手に取った。


会計を待つ時間、ふとレジのそばから音楽が聞こえてきた。

「みどり」の曲だった。

みどりさんは、「山菜の日」に演奏会を開いてくださったトリオユニットだ。
あの優しくて、清らかな時間に包まれたことが思い出された。


青春の瞬きと、今の私が立っている場所。
ああ、つながっているんだなと感じた。


あの頃は想像もしていなかったことの連続だった、これまでの人生。

大きな節目のたび、なぜだろうか、私は自分が予想していなかった方を選んできたように思う。
そのときの自分が悩みながらも選んだ結果で、今の自分がある。


一つの絵画を観に行くために始まったこの旅で、青春を取り戻し、これまでの歩みを確かめることになった。

これから、私はどんなふうに生きるのだろう。
何を大切に思って、どんな選択をして、どこへ行くのだろう。


お気に入りのものも、そのときどきで現れると思う。
それでもきっと、根っこにあるものは変わらない。


ずっと好きでいてよかった。
彼女に会えて、心からそう思った。