山菜料理 出羽屋

数珠をまわして700年

島の窓から苔を想う

2026.08.22

能古島、快晴。気温32度、湿度80%。

埼玉の熊谷や静岡の浜松では35度を超えていたというから、もはや大したことのない暑さかもしれない。
(そんなわけあるか)


その日わたしは、島に5つある小さな集落のうち、比較的移住者の多い「北浦」地区の古い観音堂で、島民に交じって数珠をまわしていた。

全長20メートルはあろうかという大きな数珠を、輪になってお堂に座った島民たちが、右から左へ手繰ってまわすのだ。

数日前、突然「数珠まわすけん」と言われ、わけもわからず連れてこられて、いまここにいる。

能古島という小さな離島に拠点を構えてしばらく経つが、この手の話は実は少なくない。
だいたいにおいて、戸惑う時間も与えてもらえない。


さて、この「数珠まわし」。

なぜこの島の片隅で行われているのかはわからないが、聞けば700年ほど続く「百万遍(ひゃくまんべん)」という行事だそうだ。

なんのためにやっているのかは、もはやわからないそうだ。

数珠をまわしながら、数珠の玉のうち、大きめのものが自分のところにまわってきたときには、その玉を額にあてなさい、と言われた。

なんのためかは、これまた分からないらしい。

わからないものが多すぎやしませんか。
すべてがあやしい。


そんな、なんだかよくわからない状態のなか、なんだかよくわからないまま、クーラーも効かないお堂で巨大な数珠を30分以上まわしていた。
汗だくである。

人間、単調な動作を繰り返していると、思考がここではないどこかへ飛びがちである。

わたしはこのとき、暑さで朦朧とするなか、住職の読経にあわせてじゃらじゃらと数珠を手繰りながら、非常に私的な好物に想いを馳せていた。

出羽屋のある月山よりは少しだけこの島に近いけれど、それでもやはり、船と地下鉄と新幹線を乗り継いだ先で、「百万遍」行きのバスに乗ってようやくたどり着く。
まぁ、5時間くらいはかかる場所にある。


その好物は、金平糖である。

今日まで、わたしにとっての「百万遍」とは、京都にある美味しい金平糖を買いに行く場所であって、みんなで神妙に(珍妙に?)数珠をまわすことではなかった。

700年のあいだ、数珠をまわし続けるとは……。

700年前に、いったいなにがあったのだろうか。

額に珠をあてるのは、なんのためなのだろう。

そもそもなぜこの島で、この集落だけで手繰り続けているのだろうか。

700年の謎は尽きない。

そういえば、京都のあの金平糖屋も、もう創業200年になるらしい。
そして出羽屋は、月山の地で100年を迎えている。


出羽屋の100年。
金平糖の200年。
そして能古島は、数珠をまわして700年……。


受け継がれていくなかで、分からなくなっていったことも、あるのだろうか。

今度、出羽屋にうかがったときに、聞いてみたいことがひとつできた。

この島の700年も、あせらずに、一年かけてゆっくり紐解いていくことにする。
この果ての島の窓から、今日もわたしは海の青を眺めながら、700年の謎を想っている。

文:みうら ふみこ