我が家には、食事用のフォークが一本しかない。
あるのは、なんてことのない、子どもの頃から家にあったフォークだ。
デザート用の小さいものは、何本か持っている。
インダストリアル・デザイナー、柳宗理さんのヒメフォーク。
一目惚れをして一本、また一本と買い足した。
お気に入りのカトラリーで食べるデザートは、格別に美味しい。
思わずにんまりとしてしまう。
だから、食事用のフォークも気に入ったものを使いたいと思った。
ヒメフォークと同じラインで揃えようかとも考えたが、カトラリーは簡単に壊れるものではない。
だからこそ吟味しようと慎重になっていた。
そうしているうちに購入するタイミングを逃してしまい、今も我が家のフォークは一本のままである。
先日、友人二人とランチを食べに行った。
町中華を楽しんだあと、カフェでソフトクリームを食べた。
私はソフトクリームが大好きだ。
牛乳の美味しさを感じたいから、いつもトッピングはつけない。
反対に、友人たちはチョコソースをかけて味わいをプラスしていた。
ソフトクリームにはプラスチックのスプーンがついていて、大人になった私たちは、お上品にスプーンですくって食べた。
「このプラスチックスプーンで食べるのも、また良いんだよね〜」
友人がにこりと笑顔を見せたところから、話が膨らんだ。
その日によって、食べたいもの、飲みたいもので、私は使いたいカトラリーが変わる。
見た目だけではなく、唇にあたる感覚も、美味しさにつながると感じているからだ。
「今日は薄いスプーンで、すっきりと食べたいな」
「このスープには、丸みのあるスプーンが合いそう」
「木のスプーンで、のんびりとした時間を過ごしたい」
そんなふうにいつも考えて、選んでいる。
グラスやカップも同じだ。
薄口のガラスのグラスで繊細に味わいたいなと思ったり、
厚めの陶器のカップで、リラックスしながら飲みたいなと思ったり。
このことを友人に話すと、
一人は「わかる!でも私は温かいものを飲みたいから、最近は保温マグばかりだよ〜」と言った。
もう一人はぽかんとした顔をして、「考えたこともなかった」と笑った。
「わかる!」と言ってくれた友人とは、器の話でも盛り上がった。
青色は食欲を減退させる色と言われているし、料理と合わせるのはハードルが高いよね、とか。
お肉や炒め物は茶色くなりがちだから、茶色い器もなかなか難しいよね、とか。
柄付きのお皿はお皿自体が華やかだから、料理を美味しく見せてくれるよね、とか。
さも分かったようなことを、二人でぽんぽんと言い合った。
もう一人の友人、さっきまでぽかんとしていた彼女は、
「なるほどね〜」と感心した様子で、私たちの話を聞いてくれた。
人って本当にそれぞれなんだなあと、改めて感じる場面であった。
器は使い勝手のよいメーカーの品物も好きだけれど、作家さんの作った唯一無二の作品も大好きだ。
一時期は毎年のように、益子や笠間の陶器市に足を運んでいた。
日付が変わる真っ暗な時間に家を出て、空が白みはじめる頃に会場に着く。
はじまりの時間まで仮眠を取ったら、一日かけて広い会場を歩き回る。
限られた時間の中で出逢いを見逃すまいと集中しながら、各作家さんたちのブースを覗く。
高まる気持ちとは裏腹に、歩き回った体はへとへとになっていく。
それでも楽しさが上回るから、少しハイな気分になって、日が暮れるまで歩くのだった。
不思議なもので、魅力的な作品は数あれど、ピンとくるものは案外毎年限られていた。
気になった作品はじっくりと時間をかけて、器の縁から高台まで眺めて触れてみる。
どんな料理が似合うかな。
家にあるものとの相性はどうかな。
そうやって選んだ食器たちは、今でもずっと大切に、日々の食卓に並んでいる。
器やカトラリーへのこだわりは、デザインやものづくりが好きな自分の嗜好の延長線上にある。
そして私は「美味しいものを食べる=幸せ」というシンプルな構図を、自分の中に持っている。
「美味しいものを、より美味しく食べられたら嬉しい」。
その思いから、自分が満足できる食器を探してしまう。
良い出逢いが訪れるまで一本のフォークでなんとかしようというのも、まさにそれである。
とはいえ、フォークを使いたいのに箸で我慢するという、矛盾した場面に出くわすこともある。
だから、そろそろお気に入りのカトラリーに出逢いたいなと思っている。
デザイン、機能性、素材、質感。
選ぶ基準がたくさんあって、きっと悩むだろう。
自分で好きなものを選べるなんて、ワクワクする。
とっても幸せな悩みだ。
でももしかしたら、突然に「これだ!」と思うものが現れるかもしれない。
それもまた楽しみである。
毎年3月31日は「サン、サイ」で“山菜の日”。
今年は山菜の日のイベントを、3月29日(日)に行う。
山菜マルシェには、出羽屋に縁のある陶芸家さんや木工作家さんの出店も予定されている。
ここ数年、我が家は今の住まいの食器棚が小さいこと、生活スタイルが変わったこと、ミニマリストに少し憧れていたこと……そんな理由から、食器を増やさないよう自制してきた。
でも今年は、お気に入りの一品を手に取ってみたいと思う。
作家さんたちの人柄が伝わる食器で、家庭の味がきっと美味しくなる。
料理を作ることが、今よりもっと楽しみになるから。
料理は五感で味わう、なんて言葉があるけれど、そこにストーリーが重なれば、美味しさも一層増していく。
毎日の食事の時間が、より豊かに彩られる。
そんな出逢いがあることを、期待している。
あるのは、なんてことのない、子どもの頃から家にあったフォークだ。
デザート用の小さいものは、何本か持っている。
インダストリアル・デザイナー、柳宗理さんのヒメフォーク。
一目惚れをして一本、また一本と買い足した。
お気に入りのカトラリーで食べるデザートは、格別に美味しい。
思わずにんまりとしてしまう。
だから、食事用のフォークも気に入ったものを使いたいと思った。
ヒメフォークと同じラインで揃えようかとも考えたが、カトラリーは簡単に壊れるものではない。
だからこそ吟味しようと慎重になっていた。
そうしているうちに購入するタイミングを逃してしまい、今も我が家のフォークは一本のままである。
先日、友人二人とランチを食べに行った。
町中華を楽しんだあと、カフェでソフトクリームを食べた。
私はソフトクリームが大好きだ。
牛乳の美味しさを感じたいから、いつもトッピングはつけない。
反対に、友人たちはチョコソースをかけて味わいをプラスしていた。
ソフトクリームにはプラスチックのスプーンがついていて、大人になった私たちは、お上品にスプーンですくって食べた。
「このプラスチックスプーンで食べるのも、また良いんだよね〜」
友人がにこりと笑顔を見せたところから、話が膨らんだ。
その日によって、食べたいもの、飲みたいもので、私は使いたいカトラリーが変わる。
見た目だけではなく、唇にあたる感覚も、美味しさにつながると感じているからだ。
「今日は薄いスプーンで、すっきりと食べたいな」
「このスープには、丸みのあるスプーンが合いそう」
「木のスプーンで、のんびりとした時間を過ごしたい」
そんなふうにいつも考えて、選んでいる。
グラスやカップも同じだ。
薄口のガラスのグラスで繊細に味わいたいなと思ったり、
厚めの陶器のカップで、リラックスしながら飲みたいなと思ったり。
このことを友人に話すと、
一人は「わかる!でも私は温かいものを飲みたいから、最近は保温マグばかりだよ〜」と言った。
もう一人はぽかんとした顔をして、「考えたこともなかった」と笑った。
「わかる!」と言ってくれた友人とは、器の話でも盛り上がった。
青色は食欲を減退させる色と言われているし、料理と合わせるのはハードルが高いよね、とか。
お肉や炒め物は茶色くなりがちだから、茶色い器もなかなか難しいよね、とか。
柄付きのお皿はお皿自体が華やかだから、料理を美味しく見せてくれるよね、とか。
さも分かったようなことを、二人でぽんぽんと言い合った。
もう一人の友人、さっきまでぽかんとしていた彼女は、
「なるほどね〜」と感心した様子で、私たちの話を聞いてくれた。
人って本当にそれぞれなんだなあと、改めて感じる場面であった。
器は使い勝手のよいメーカーの品物も好きだけれど、作家さんの作った唯一無二の作品も大好きだ。
一時期は毎年のように、益子や笠間の陶器市に足を運んでいた。
日付が変わる真っ暗な時間に家を出て、空が白みはじめる頃に会場に着く。
はじまりの時間まで仮眠を取ったら、一日かけて広い会場を歩き回る。
限られた時間の中で出逢いを見逃すまいと集中しながら、各作家さんたちのブースを覗く。
高まる気持ちとは裏腹に、歩き回った体はへとへとになっていく。
それでも楽しさが上回るから、少しハイな気分になって、日が暮れるまで歩くのだった。
不思議なもので、魅力的な作品は数あれど、ピンとくるものは案外毎年限られていた。
気になった作品はじっくりと時間をかけて、器の縁から高台まで眺めて触れてみる。
どんな料理が似合うかな。
家にあるものとの相性はどうかな。
そうやって選んだ食器たちは、今でもずっと大切に、日々の食卓に並んでいる。
器やカトラリーへのこだわりは、デザインやものづくりが好きな自分の嗜好の延長線上にある。
そして私は「美味しいものを食べる=幸せ」というシンプルな構図を、自分の中に持っている。
「美味しいものを、より美味しく食べられたら嬉しい」。
その思いから、自分が満足できる食器を探してしまう。
良い出逢いが訪れるまで一本のフォークでなんとかしようというのも、まさにそれである。
とはいえ、フォークを使いたいのに箸で我慢するという、矛盾した場面に出くわすこともある。
だから、そろそろお気に入りのカトラリーに出逢いたいなと思っている。
デザイン、機能性、素材、質感。
選ぶ基準がたくさんあって、きっと悩むだろう。
自分で好きなものを選べるなんて、ワクワクする。
とっても幸せな悩みだ。
でももしかしたら、突然に「これだ!」と思うものが現れるかもしれない。
それもまた楽しみである。
毎年3月31日は「サン、サイ」で“山菜の日”。
今年は山菜の日のイベントを、3月29日(日)に行う。
山菜マルシェには、出羽屋に縁のある陶芸家さんや木工作家さんの出店も予定されている。
ここ数年、我が家は今の住まいの食器棚が小さいこと、生活スタイルが変わったこと、ミニマリストに少し憧れていたこと……そんな理由から、食器を増やさないよう自制してきた。
でも今年は、お気に入りの一品を手に取ってみたいと思う。
作家さんたちの人柄が伝わる食器で、家庭の味がきっと美味しくなる。
料理を作ることが、今よりもっと楽しみになるから。
料理は五感で味わう、なんて言葉があるけれど、そこにストーリーが重なれば、美味しさも一層増していく。
毎日の食事の時間が、より豊かに彩られる。
そんな出逢いがあることを、期待している。
