山菜料理 出羽屋

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最上川がつなぐ山形(上) ── 山々に囲まれた四つの盆地と、ひとつの川の物語

山ノオト

2025.10.28

出羽屋村の村人であり、出羽屋を愛する一人のお客さまが、
“旅人の目線”で綴ってくれた山形紀行です。
出羽屋から見える山形を、最上川に沿ってたどりながら──
山形の土地と文化、人の暮らしを静かに見つめた文章を、
三回にわけてお届けします。


* * * * * * * * * *
出羽屋に一度でも行ったことのある人は、きっと出羽屋のことが大好きになって、何度も出羽屋に足を運ぶことになると思う。
そして「せっかくなら、出羽屋だけではなくて山形のあちこちに行って楽しんでみたいな」と考えるはずだ。

楽しいと好きになる。
好きになるともっと知りたくなる。
実際に知るともっと楽しくなる。

そんな幸せな循環が生まれることを期待して、私のこれまでの山形旅行の断片と、そこで私がいかに山形を満喫したかを紹介させてほしい。

*
まず、山形とはなにか。
宮城でもなく、秋田でもない、ましてや新潟ではない山形とは何か。

私なりの山形にかかる基礎的な理解を示したい。

山形は4つのエリアに分けられる。
基本的には江戸時代の藩割でわかれており、さらに言えばそれぞれのエリアが山々に囲まれた一個の地域として分かれている。

・庄内平野エリア(庄内地方)
新庄盆地エリア(最上地方)
山形盆地エリア(村山地方←出羽屋はここ)
・米沢盆地エリア(置賜地方)
(地理院地図HPより山形県の標高図を筆者編集)
実際に地図を見てみるとわかりやすい。

特に隣にある宮城県と比べると、それぞれのエリアが隔てられてはっきり分かれていることがわかる。

あえて乱暴に分けるとすれば、置賜‐山形‐最上の内陸エリアと、海に面している庄内エリアはかなり違う文化圏と感じる。
有名な芋煮も内陸部が醤油味に対し、庄内は味噌味である。

歴史的に見ても、北前船の一大拠点として栄えた庄内は日本海を通じて京都につながっていく一方で、内陸部は羽州街道を通じて福島、さらには江戸へとつながっていく。

伝統的な料理文化も、庄内エリアが蝦夷地から日本海航路を通じてやってくる昆布を多用する(最終的に昆布は京都に行く)一方で、内陸エリアでは出汁をほとんど用いないようだ。(山形の食事編集委員会「聞き書 山形の食事」1988年より、筆者の理解)

出羽屋のお振舞い膳で登場する素敵な漆器も、先々代が集めた津軽塗や会津塗であると聞いた記憶があり、なるほど山形盆地は羽州街道を通って福島方面につながっているのだなと感心したものである。
これらのエリアは、それぞれが山で隔てられており、それゆえに異なる文化を持つ。

最初の問いに戻る。
山形とは何か。盆地として山々に隔てられそれぞれが異なる文化を持つ4つの地域の総体としての山形は何なのか。
私ならば「山形とは最上川です」と答える。 
古くは紅花や米が、近代に入り養蚕が盛んになると絹糸が、内陸の山間部や穀倉地帯から最上川を通って酒田に集められ、そこから京へ江戸へと運ばれていった。
すなわち、この異なる4つのエリアは、静かなる最上川を通じて一つの山形県、あるいは出羽国として統合されていたのである。

というわけで、前置きが長くなったが、最上川の上流から下流に沿って私の旅の断片を紹介していこうと思う。

*
次篇では、最上川の上流から流れをたどりながら、
米沢から寒河江へ──筆者が出会った“生きた山形”をめぐります。