山菜料理 出羽屋

小さな村の真ん中で

山ノオト

なぞるように、編むように

2025.09.24

出羽屋の料理の背景には、山とともに生きる生産者たちの姿がある。
その一人が、「taro農場」を営む細谷信太郎さんだ。


出羽屋から車でさらに山奥へと進むことおよそ十分。
四方を木々に抱かれた里山に、細谷さんの畑がある。
そこに立つと、同じ町内にいるとは思えないほど、空気の流れが変わる。
土の匂い、鳥の声、風の渡る音が心を鎮め、忙しさで忘れかけていた時間の感覚を取り戻してくれる。

畑の真ん中には、どれほどの歳月を生きてきたのだろう、堂々たる一本の栗の木が立っている。
樹齢はゆうに数百年を超えるだろうか。
春には白い花を揺らし、秋にはいくつもの実を枝いっぱいにつける。
やがて落ちる栗は、動物たちにとっても、ぼくたちにとってもご馳走だ。
季節ごとに表情を変える畑を見守るように、栗の木はいつもそこにある。

畑そのものも、四季のうつろいを余すことなく映し出す舞台だ。
夏はつややかな葉を広げるおかわかめや、青々とした紫蘇、山の木々に絡むこくわの実。
秋になると土の中で安納芋が甘みを増し、黒豆の枝が小さな鞘を膨らませる。
冬には二メートルを超える雪に覆われ、春を待つように人参が眠る。その人参を掘り起こすと、雪の冷たさに守られた蜜のような甘さがあふれ出す。

肥料も農薬もない畑。森から落ちた葉が土に還り、微生物や虫たちがその土を耕し、斜面から湧き出す雪どけ水が野菜を潤す。
「ぼくが育てているというより、山が育てているんです」と細谷さんは笑う。

そのまなざしはどこか少年のようで、自然を師として生きる哲学がにじんでいる。

だからだろう、細谷さんの畑の野菜には、ただの美味しさを超えたやさしさがある。
口にふくむと、懐かしい甘みが広がり、調味料を多くは必要としない。
出羽屋の厨房に届けば、人参や安納芋はスイーツのような天ぷらに、黒豆はほくほくのごはんに生まれ変わり、お客さまの食卓を彩っていく。

ぼくたちは、遠方から訪れたゲストを細谷さんの畑へ案内することがある。
畑をひとまわり歩いたあと、手作りの木のベンチに腰かけると、細谷さんは自家製のはとむぎ茶と、蒸したての栗を差し出してくださった。
香ばしいお茶とほくほくの栗。ゲストの穏やかな笑顔。
そのひとときは、まるで絵本の一場面に迷い込んだようだった。
出羽屋は今、「小さな村」を目指している。
肩書きや立場ではなく、“共感”で結ばれる緩やかな共同体。
互いを尊重し合い、ときに助け合うあたたかさ。その真ん中には、細谷さんのように自然とまっすぐに向き合う人がいる。

畑に立ち、風を感じ、土の匂いを吸い込みながら、この町にはこんなにも美しい人がいるのだと知っていただけたら、それこそが出羽屋の存在する意味なのだと、ぼくたちは心底感じる。

細谷さんの畑は、出羽屋の料理の根っこであり、里山の未来を映す鏡のような存在なのだ。