山菜料理 出羽屋

海と山が交わるところで

山ノオト

なぞるように、編むように

2025.07.25

昨年の9月、ぼくたちは鎌倉を訪ねた。
鎌倉に来たのは、以前に一度だけ。

知人の結婚式で、街を歩く余裕もなかったから、
ちゃんとこの土地を感じるのは、今回がはじめてだった。


道幅の狭い住宅地をすり抜けて、本当にこの先に目的地があるのかと不安になった。
観光地に来たはずなのに、静かな場所だった。


ぼくたちが向かったのは「鎌倉 北じま」。料理人・北嶋靖憲さんの店。
2022年に「Destination Restaurants」でご一緒したご縁がある。
年も近く、肩を並べて話すことはできても、
いつだって、ぼくは彼の背中を追いかけている。


皿の美しさ、構成の奥深さ、道具の扱い、言葉の選び方。
そのどれもが丁寧で、やっぱり格好いいなと思ってしまう先輩だ。


その夜、カウンターにはもうひとり、会いたかった人がいた。
長井漁港を拠点にする仲買人、長谷川大樹さん。


「仲買人」なんて言葉では、とても足りない。
漁師との信頼、天候と潮の変化を読む力、
そして「今日、この人に届けるならこの魚だ」と選び抜く目と勘。
「今日はこれが主役です」と、どんな魚をも主役にしてしまう技。


この日、長谷川さんは愉快な知人たちと一緒に、北嶋さんの料理を囲んでいた。
ぼくたちはそこに混ぜてもらい、初めての北嶋さんの料理を味わった。
左から、北嶋さん・長谷川さん・佐藤。
北嶋さんの料理には、静かでぶれない芯があった。
飾り立てるわけじゃないのに、目を奪われる美しさがある。
口にした瞬間、身体が素直に反応する。
ああ、これはこの場所でしか出せない味だなあと、
じんわり感じる。


料理だけじゃない。
店の空気や、スタッフとのやりとり、
空間の余白にまで、やさしい緊張感が流れていた。
ひと皿ごとのあたたかさに、この土地の豊かさが映っていた。
お邪魔した当日に、長谷川さんが締めたというカツオ。もっちりとした食感と血合いの美味しさに感動した
長谷川さんが山々を歩き集めてきたキノコたち。これが爆弾級の美味しさに変わる
秋のお献立「月とすっぽん」。長谷川さんのキノコを最大限に生かした、北じまさんの名物料理。すっぽんの旨みもさることながら、キノコの旨みが加わりさらに深い味わいに
翌朝は、長谷川さんがセリをしているという長井漁港へ。
車を走らせるあいだも、ずっとわくわくが止まらなかった。


山で暮らすぼくたちにとって、港はちょっと特別な場所。
磯の香り、波の音、空気の重たさ。
同じ空なのに、空気の粒がちがって感じる。


セリ場には、すでに長谷川さんがいた。
きびきびと魚を見極める姿は、港の風景にしっくりなじんでいた。


「神経締め、見てく?」
そう言って見せてくれた、ぼくたちにとって初めての神経締め。


細いワイヤーが魚の神経にスッと入ると、
さっきまでバタついていた体が、ふっと静かになった。
その瞬間、魚の表情が変わった気がした。
暴れもせず、苦しみもせず、すっと何かを手放したような、そんな顔。
それは、命をまっすぐ受けとるための、しずかな技だった。


そこへ、北嶋さんが現れた。
言葉は多くなくても、通じ合っているふたり。
あたりまえのように魚を受けとり、また店へと戻っていった。
どこにも無駄がなくて、でもどこか愛がある。そんな朝のやりとり。

本当にかっこいい。
神経締めをすることにより、魚にストレスをかけることなく美味しさを最大限に引き出す
セリが落ち着いたころ、「ちょっと行こうか」と長谷川さん。
次は、近くの山へ案内してくれるという。


水も持たずに、ずんずん山を登っていく。
ぼくたちは、ただその背中を追いかけた。


「このへん、出るんだよ」
「でも今年はムラがあるなあ」
そんなことを言いながら、草をかき分け、木の根をまたいで進む姿は、
港にいたときよりずっと楽しそうだった。


ふと立ち止まり、「あ、あった」と手に取ったのは、オニイグチ。
目を細めてそれを見つめる姿が、まるで少年のようで、なんだか嬉しくなった。


炎天下のなか、土の匂いと湿った風に包まれて、
「こんな山もあるんだな」と、ただ素直に感じていた。
この日見つけたのは、オニイグチやチチタケなど、ほんのわずか。それでも、山形とのちがいにぼくたちは驚いた
海と山。そのどちらにも触れている人と一緒に歩いた鎌倉の朝。
風景もちがえば、植物もちがう。

 
鎌倉の山は、軽くて乾いていた。
足元がカサカサと鳴るような、
こんなところに本当にキノコが出るのだろうかという不思議。


歩いていたら、なんとなく思った。

ぼくたちの山って、水があるんだなあと。
苔があって、しっとりした土があって、
どこか深くて、抱かれるような重たさがある。


毎日のように見ているのに、
それがどんなに豊かなことか、外に出てみて、ようやくわかることがある。


ふるさとを見直すって、きっと、こういうこと。

山は、ぼくたちが何を見て、何を感じて、
どんなふうに料理していきたいかを、

そっと教えてくれる場所。


§

次は、北嶋さんと長谷川さん、そしてぼくの3人が
出羽屋に集った特別な夜のことをお届けします。