出羽屋の夏を彩る山菜のひとつ、じゅんさい。
涼やかなのど越しと、つるりとした寒天質の食感が、
暑さのなかでも心地よい涼を運んでくれます。
そんなじゅんさいについてもっと知りたくて、
6月中旬、私たち企画広報のスタッフ2名で、収穫体験に出かけました。
向かったのは、村山市田沢にある大谷地沼(おおやちぬま)。
地元では「じゅんさい沼」と呼ばれ親しまれているこの場所は、
ちょうど観光の人々で賑わう時期を迎えていました。
その日、空は雲ひとつなく晴れわたり、陽射しはすでに真夏のよう。
沼の水面には、無数の丸い葉がひろがり、
風にゆれるその景色はまるでモネの絵画のようでした。
あとで知ったことですが、じゅんさいはスイレン科の水生多年草。
どこか品のある佇まいにも納得がいきます。
事前予約をしていたおかげで受付もスムーズ。
案内してくださったのは、沼を管理する大高根じゅん菜採取株式会社のスタッフの方。
やさしく、気さくに接してくださり、
昔ながらの箱舟に乗り込む私たちにも、舟の扱い方や摘み採りのコツを、
ひとつひとつ丁寧に教えてくださいました。
沼の水面には、無数の丸い葉がひろがり、
風にゆれるその景色はまるでモネの絵画のようでした。
あとで知ったことですが、じゅんさいはスイレン科の水生多年草。
どこか品のある佇まいにも納得がいきます。
事前予約をしていたおかげで受付もスムーズ。
案内してくださったのは、沼を管理する大高根じゅん菜採取株式会社のスタッフの方。
やさしく、気さくに接してくださり、
昔ながらの箱舟に乗り込む私たちにも、舟の扱い方や摘み採りのコツを、
ひとつひとつ丁寧に教えてくださいました。
舟の上から、目をこらして水中をのぞくと、
葉のあいだから若い芽がぷかぷかと浮かんでいます。
めだかが泳ぐ冷たい水に、そっと手を差し入れて、
やわらかい茎から芽を「こきっ」と折る。
じゅんさいは「収穫」するのではなく、「摘み採る」ものなのだと、手の感触で知りました。
その小気味よい感覚に夢中になり、気づけば無言で摘むことに没頭していた私たち。
暑ささえ、忘れていました。
葉のあいだから若い芽がぷかぷかと浮かんでいます。
めだかが泳ぐ冷たい水に、そっと手を差し入れて、
やわらかい茎から芽を「こきっ」と折る。
じゅんさいは「収穫」するのではなく、「摘み採る」ものなのだと、手の感触で知りました。
その小気味よい感覚に夢中になり、気づけば無言で摘むことに没頭していた私たち。
暑ささえ、忘れていました。
収穫したじゅんさいはそのまま持ち帰ることができ、
自宅に戻ってすぐ、冷やしてポン酢でいただきました。
自分たちの手で採ったじゅんさいは、格別でした。
新鮮さだけでなく、あの沼の風景や、水のひんやりとした感触までもが、
ひと口ごとに思い出されるのです。
寒天質がやわらかく芽を包み込む様子、
赤い花芽のついたものはこきこきとした食感が増すこと。
そういったことも、体験するまではまったく知りませんでした。
「素材を知る」ということは、五感を通して出会いなおすことなのかもしれません。
私たちは料理をつくる人ではありませんが、伝える人でありたいと思っています。
そのためには、自分たち自身が、山の恵みに出会い、感じ、学び続けること。
これからも、季節のうつろいとともにある出羽屋の味を、
まっすぐに、あたたかくお届けしてまいります。
自宅に戻ってすぐ、冷やしてポン酢でいただきました。
自分たちの手で採ったじゅんさいは、格別でした。
新鮮さだけでなく、あの沼の風景や、水のひんやりとした感触までもが、
ひと口ごとに思い出されるのです。
寒天質がやわらかく芽を包み込む様子、
赤い花芽のついたものはこきこきとした食感が増すこと。
そういったことも、体験するまではまったく知りませんでした。
「素材を知る」ということは、五感を通して出会いなおすことなのかもしれません。
私たちは料理をつくる人ではありませんが、伝える人でありたいと思っています。
そのためには、自分たち自身が、山の恵みに出会い、感じ、学び続けること。
これからも、季節のうつろいとともにある出羽屋の味を、
まっすぐに、あたたかくお届けしてまいります。
