山菜料理 出羽屋

音のある方角へ

山ノオト

2025.04.09

山菜の日が終わったばかりの朝、
ぼくたちは車を走らせた。
まだお祭りの余韻が残っていたけれど、
目指す場所のことを思うと、自然と心がほどけていった。


行き先は、山梨。
これまでも何度か訪れてきた場所だけれど、
今回は少し特別だった。


出羽屋の節目を、いつも音で彩ってくれる人たちがいる。
ギターの玄さんと、歌のゆにさん。

ぼくたち夫婦は、ふたりが奏でる音楽が大好きで、毎日のように聴いている。
特別な日だけに聴く音ではない。
朝起きて、子どもの支度をしながら、
洗濯や掃除、仕事の合間にもふと流す。
生活の隣にそっといてくれるような、そんな音。


玄さんのギターの音は、やさしい風のようで、
ゆにさんの歌声は、光の粒のように澄んでいる。
聴いていても疲れない。
むしろ、呼吸が深くなるような気がする。


今回は、北杜市にある「森灯(しんとう)」という場所を訪ねた。
ふたりの友人であるご夫婦が営む、森の中の家。
静かな時間が流れていて、
暮らしを大切に生きている人の場所には、
人を受け入れるやわらかさがある。


その夜、玄さん、ゆにさん、森灯のご夫婦、そしてぼくたち。
焚き火はなかったけれど、心の火はずっと灯されていた。
なにを話したか、細かなことはもう思い出せない。
でも、心の奥深くで、お互いがたしかめ合った時間だったように思う。
大事にしていること、信じていること。
静かに、これからの話をしていた気がする。

翌日、ふたりが暮らす甲府の街を案内してくれた。
ふたりにとっての日常を、少しずつ分けてもらうような時間。
そこに身を置くだけで、街の音や光が違って見えてくる。


そして、音楽が生まれる場所へ。
ふたりの音が紡がれる小さな空間に案内されて、
胸があつくなった。

音が生まれる場所には、こんなに祈りが宿っているのだと、
はじめて知った気がした。


ぼくたちは、これからも
このふたりと時を重ねていきたいと思っている。
祝いの場に寄り添ってくれる音楽は、
ただの演出なんかではなくて、
魂の深いところで人と人とをつないでくれるものだと思うから。


帰りの車の中、静かに日が落ちていった。

ぼくたちは、音のある方角に
またひとつ、心を傾けていた。