山菜料理 出羽屋

駑馬十駕の一年

山ノオト

2026.01.04

1月1日。2026年がはじまった。

前日までの慌ただしさが嘘のように、
この静けさの中で
「今年はどんな年にしよう」
そんなことを、毎年のように考える。


2025年は、正直にいえば、
少し立ち止まる年だった。


前に進んでいるはずなのに、
ときどき足もとが見えなくなるような感覚があって、
これでいいのかと、自分に問い続けていた。


出羽屋は、長いあいだ
「変わらない場所」であることを
大切にしてきたように思う。


山菜料理があり、季節がめぐり、
あの玄関をくぐると、
囲炉裏のある、いつもの景色が待っている。


けれど、時代は思っている以上の速さで動いていて、
「変わらないために、変わらなければいけない」
そんな場面が、年々増えてきた。


新しいスタッフを迎え、
アプリやオンラインストアをととのえ、
「出羽屋村」という言葉を使いはじめたことも、
すべては、出羽屋を未来へ手渡すための試みだった。


*

ある日、隣にいたスタッフが
ふと、こんなことを言った。


「出羽屋って、忙しいけど、
わたしの生活の一部みたいなものなんです」


その言葉を聞いたとき、
胸の奥がすっと軽くなった。


ここ数年、
「守る」という言葉の重さを
実感するようになった。


料理の味。
宿の空気。
お客さまとの距離感。


そして同時に、
スタッフ一人ひとりの人生や
家族との時間も、
ぼくたちは預かっているのだと
思う場面が増えてきたからだ。


ああ、伝わっている部分も
ちゃんとあるんだ。
そう思えて、嬉しくなった。


出羽屋が大切にしてきたのは、
料理でも、建物でもなく
山とともにある時間なのだと思う。


*

ここで、ひとつ。
2026年の、ぼく自身の目標を
書き留めておきたい。


駑馬十駕(どばじゅうが)」。

足の遅い馬でも、
十日間、歩みを止めなければ
やがては千里に届く、という言葉だ。


派手な成果や、
一足飛びの成長を求めるよりも、
遠回りでも、
同じ速さで、続けること。


迷った日も、
自信を失う日も、
それでも手を離さずに
今日できる一歩を積み重ねていく。


2026年は、
そんな一年にしたい。


出羽屋としても、その時間を、
必要としている人のところへ、
少しずつ開いていく年にしたい。


宿に来られる方だけでなく、
遠くで暮らす誰かの食卓にも、
本棚の片隅にも、
そっと置いてもらえるような形で。


無理に理解してもらわなくていい。
全部を好きになってもらわなくていい。
「なんか、落ち着く」
そう感じてもらえたら、それで十分だ。


*

一方で、
やらないことも決めた。


背伸びをしすぎないこと。
急いで答えを出さないこと。


ぼくは、年明け早々、
「辞めたい」という言葉を
二度聞いた。


それは、
思っていたよりも辛い時間だった。


胸の奥にしまわれていた気持ちが
少しずつ言葉になっていくのを、
ただ聞いていた。


忙しさや段取りの問題ではなく、
もっと手前にある
言葉にしにくい違和感。


それを、
ただただ聞いて、受け止めた。


話した結果、
二人は「続けます」と言ってくれた。


その言葉を聞いて、
ほっとしたというよりも
こちらの背筋が
すっと伸びるような気持ちになった。


「続ける」という選択は、
決して軽い決意ではないのだと、
あらためて思ったからだ。


2026年の出羽屋は、
正解を早く出すことよりも、
話すことを仕事のひとつとして
大切にする場所でありたい。


山は、
待つことを教えてくれる。


芽が出るまでの時間も
雪の下の静けさも
すべて、意味のある時間だと。


そしてそれは、
人の気持ちの
「頃合い」を待つ仕事でもある。


今回の出来事は、
そのことを
静かに思い出させてくれた。