芸術の秋。
絵画等の展覧会が各地で多く開かれる中、
わたしが毎年楽しみにしている展示が、
仙台にて催される。
会場は、仙台駅から路線バスで約20分。
美術館などではない。
仙台市野草園だ。
ちなみに、山形にも山形市野草園がある。
都会の延長に現れる大きな公園のような仙台、
西蔵王の自然をそのまま活かした山形、
仙山の野草園、どちらもそれぞれ良さがある。
元々植物が好きなわたしにとっては、
一日を過ごしてもまるで飽きることのない
テーマパーク的な存在である、野草園。
2025年7月に、山形県鶴岡市の
ショウナイホテル スイデンテラスにて
「食の共創セミナー vol.1」が開催された。
その中でのトークディスカッションに
講師の株式会社さかな人 代表 長谷川大樹さん、
ゲストの鎌倉 北じま 店主 北嶋靖憲さんと共に、
我らが出羽屋四代目もゲスト登壇したご縁で
聞くことが出来た、長谷川さんのお話。
横須賀の長井漁港を拠点にご活躍されている
魚の仲買人でありながら、午後は山に入り、
野草や山菜の採集に入られるという
山にも精通する長谷川さんが、トークの中で、
「地域の野草園に行くことはとても良い。
いろいろな野草について学ぶことが出来る」
と、お話くださったことで
勝手ながら趣味の後押しをいただいたようで、
迫る11月末の冬季休園に入るまで、
足繁く野草園に通うことが出来た。
長谷川さんではないが、野草園はとても良い。
園内にある木や草花はもちろんのこと、
そこに集う昆虫や野鳥、
そこに吹き渡る風や広がる空の色などから、
いつ行っても季節の微妙な移ろいの中に
自分がいることを感じられる。
いつも何かしらがどこかで咲いたり
芽生えたり、色づいたりと、
行く度に新たな発見がある野草園の中でも、
特に面白いのが、実りの季節と言える10月。
この時期に仙台市野草園で開かれていたのが
「木の実草の実展」だ。
絵画等の展覧会が各地で多く開かれる中、
わたしが毎年楽しみにしている展示が、
仙台にて催される。
会場は、仙台駅から路線バスで約20分。
美術館などではない。
仙台市野草園だ。
ちなみに、山形にも山形市野草園がある。
都会の延長に現れる大きな公園のような仙台、
西蔵王の自然をそのまま活かした山形、
仙山の野草園、どちらもそれぞれ良さがある。
元々植物が好きなわたしにとっては、
一日を過ごしてもまるで飽きることのない
テーマパーク的な存在である、野草園。
2025年7月に、山形県鶴岡市の
ショウナイホテル スイデンテラスにて
「食の共創セミナー vol.1」が開催された。
その中でのトークディスカッションに
講師の株式会社さかな人 代表 長谷川大樹さん、
ゲストの鎌倉 北じま 店主 北嶋靖憲さんと共に、
我らが出羽屋四代目もゲスト登壇したご縁で
聞くことが出来た、長谷川さんのお話。
横須賀の長井漁港を拠点にご活躍されている
魚の仲買人でありながら、午後は山に入り、
野草や山菜の採集に入られるという
山にも精通する長谷川さんが、トークの中で、
「地域の野草園に行くことはとても良い。
いろいろな野草について学ぶことが出来る」
と、お話くださったことで
勝手ながら趣味の後押しをいただいたようで、
迫る11月末の冬季休園に入るまで、
足繁く野草園に通うことが出来た。
長谷川さんではないが、野草園はとても良い。
園内にある木や草花はもちろんのこと、
そこに集う昆虫や野鳥、
そこに吹き渡る風や広がる空の色などから、
いつ行っても季節の微妙な移ろいの中に
自分がいることを感じられる。
いつも何かしらがどこかで咲いたり
芽生えたり、色づいたりと、
行く度に新たな発見がある野草園の中でも、
特に面白いのが、実りの季節と言える10月。
この時期に仙台市野草園で開かれていたのが
「木の実草の実展」だ。
こちらは絵や写真の展示ではない。
野草園内に植栽された、または自生する、
実際に実がついた状態の木の枝や茎を集め、
一種一種を花瓶に挿して展示するスタイルだ。
施設内の野草館の2階に、所狭しと
枝類が並んでいる様子は何とも見事で、
入口に立って、その全体を眺めるだけでも
何ともわくわくしてくる光景である。
美術というよりは、理科や
生活科の時間の延長のような
知的好奇心をくすぐられる展示企画であるが、
さまざまな木や野草が思い思いに実らせた
千差万別の果実は、何にも勝る、
自然が生み出したアートと言えよう。
そのまま伐り採ったフレッシュな木や草花を、
訪れる人々がなるべく良い状態で見られるよう
心を配り展示してくださっているのだから、
展示期間中の管理には相当な労力が窺える。
毎年素晴らしい展示をしてくださることに
学芸員の方々に感謝の念を抱きながら、
今年も鑑賞させていただいた。
これほど多くの植物を同時展示出来るという、
実り豊かな秋を凝縮した空間となっている。
野草園内に植栽された、または自生する、
実際に実がついた状態の木の枝や茎を集め、
一種一種を花瓶に挿して展示するスタイルだ。
施設内の野草館の2階に、所狭しと
枝類が並んでいる様子は何とも見事で、
入口に立って、その全体を眺めるだけでも
何ともわくわくしてくる光景である。
美術というよりは、理科や
生活科の時間の延長のような
知的好奇心をくすぐられる展示企画であるが、
さまざまな木や野草が思い思いに実らせた
千差万別の果実は、何にも勝る、
自然が生み出したアートと言えよう。
そのまま伐り採ったフレッシュな木や草花を、
訪れる人々がなるべく良い状態で見られるよう
心を配り展示してくださっているのだから、
展示期間中の管理には相当な労力が窺える。
毎年素晴らしい展示をしてくださることに
学芸員の方々に感謝の念を抱きながら、
今年も鑑賞させていただいた。
これほど多くの植物を同時展示出来るという、
実り豊かな秋を凝縮した空間となっている。
木の実展は何となくイメージがつくものだが、
草の実も併せてスポットが当たっている所が、
学びの幅が広がり、ありがたい。
道端の小さな野草についた草の実には、
歩いていても普段なかなか目が行かないが、
机の花瓶に活けられ目線の高さが近くなると、
小さな果実に秘められた興味深い世界が
果皮の下に透けて見えてくる。
草の実も併せてスポットが当たっている所が、
学びの幅が広がり、ありがたい。
道端の小さな野草についた草の実には、
歩いていても普段なかなか目が行かないが、
机の花瓶に活けられ目線の高さが近くなると、
小さな果実に秘められた興味深い世界が
果皮の下に透けて見えてくる。
例えば、胡麻や山椒。
調味料としてはお馴染みであっても、
それらが一体どんな風に実るものなのか、
わたしたちは意外と知らない。
鮮やかな青のハーブティーとして親しまれ、
レモン汁を加えると色が変わると流行した
バタフライピーこと蝶豆も展示にあったが、
こちらもどんな実がつくのかやはり知らない。
口にするものが、口に入るまで、
どのような過程を辿るのかを
目にして知ることは大事な学びとなる。
調味料としてはお馴染みであっても、
それらが一体どんな風に実るものなのか、
わたしたちは意外と知らない。
鮮やかな青のハーブティーとして親しまれ、
レモン汁を加えると色が変わると流行した
バタフライピーこと蝶豆も展示にあったが、
こちらもどんな実がつくのかやはり知らない。
口にするものが、口に入るまで、
どのような過程を辿るのかを
目にして知ることは大事な学びとなる。
木の実にしたって、馴染みの深い
柿や栗の枝も、木として高い位置にあると、
実の付き方は一体どうなっているのか、
知っているような気になっているだけで、
ディテールまではそらで描けないものである。
大好きな木に「飯桐(いいぎり)」がある。
ヤナギ科イイギリ属のこの木は、
秋に黄葉すると共に、南天によく似た実を
ぶどうの房状につけるのがよく目立つ、
見応えのある美しい木だ。
柿や栗の枝も、木として高い位置にあると、
実の付き方は一体どうなっているのか、
知っているような気になっているだけで、
ディテールまではそらで描けないものである。
大好きな木に「飯桐(いいぎり)」がある。
ヤナギ科イイギリ属のこの木は、
秋に黄葉すると共に、南天によく似た実を
ぶどうの房状につけるのがよく目立つ、
見応えのある美しい木だ。
それだって普段は高いところにあるために、
いつもは細部までは拝めないのだが、
この展示ではじっくり観察することが出来る。
手の届かない木を間近に眺められるとは、
まるで憧れのアイドルに会うかのような、
推しの木の握手会に参加しているようだ。
どんぐりや松ぼっくり類の展示は、
枝付きの展示の他に、飯盒の蓋や竹ざるに
乾燥した実が盛られた展示コーナーもあり、
こちらもまた興味をそそられる一角である。
いつもは細部までは拝めないのだが、
この展示ではじっくり観察することが出来る。
手の届かない木を間近に眺められるとは、
まるで憧れのアイドルに会うかのような、
推しの木の握手会に参加しているようだ。
どんぐりや松ぼっくり類の展示は、
枝付きの展示の他に、飯盒の蓋や竹ざるに
乾燥した実が盛られた展示コーナーもあり、
こちらもまた興味をそそられる一角である。
中でも一番の目玉は、知る人ぞ知る
その名も「森のエビフライ」!
りすが松ぼっくりの「かさ」部分だけをかじり
軸だけを地面に落としていったものを指す。
なるほど確かに、
尻尾の具合まで揚げられたエビ感があり、
言い得て妙なネーミングである。
仙台市野草園の今年のエビフライは、
アカマツのエビフライだった。
その名も「森のエビフライ」!
りすが松ぼっくりの「かさ」部分だけをかじり
軸だけを地面に落としていったものを指す。
なるほど確かに、
尻尾の具合まで揚げられたエビ感があり、
言い得て妙なネーミングである。
仙台市野草園の今年のエビフライは、
アカマツのエビフライだった。
野草館2階の展示は広いスペースではないが、
夢中になって鑑賞すると、思いの外、
時があっという間に過ぎており、
今年も満足して山形への帰路についた。
機会があれば来秋、読者のみなさまにも
ぜひ行ってみていただきたい展示企画だ。
人の成長は、努力が実を結ぶと言うように、
しばしば「実り」に例えられる。
わたしは出羽屋に就職して約半年のスタッフ。
初夏の山菜シーズンの終わりから、
秋のきのこシーズンと、
勉強することが多い出羽屋の忙しい日々に
時に楽しく、時に必死についてきた身だが、
自分の立ち位置や、自分のやるべきこと、
自分だから出来る仕事というのが
少しずつ、だが確かにわかってきた。
大きくはないし、決して立派でもないが、
自分の中では手応えがある「実り」である。
今年の秋、例年以上に
木の実草の実展を楽しく鑑賞したのは
たくさんの木の実や草の実の中に、
わたしの実をも並べて
自己分析が出来たからなのかもしれない。
秋の実りはやがて地面に落ち、
冬は種子となって、
雪の中で力を蓄えながら、春を待つ。
春は出羽屋にとって格別の、山菜の季節。
スタッフのわたしにとっては、
新たな挑戦の季節ともなっていくようだ。
しっかり芽生える春を目指して、
秋の実りをじっくりと噛み締め、
少しゆっくりと、それでいて着実に
実からた可能性の種を育てる冬を
丁寧に過ごしていきたいものだ。
夢中になって鑑賞すると、思いの外、
時があっという間に過ぎており、
今年も満足して山形への帰路についた。
機会があれば来秋、読者のみなさまにも
ぜひ行ってみていただきたい展示企画だ。
人の成長は、努力が実を結ぶと言うように、
しばしば「実り」に例えられる。
わたしは出羽屋に就職して約半年のスタッフ。
初夏の山菜シーズンの終わりから、
秋のきのこシーズンと、
勉強することが多い出羽屋の忙しい日々に
時に楽しく、時に必死についてきた身だが、
自分の立ち位置や、自分のやるべきこと、
自分だから出来る仕事というのが
少しずつ、だが確かにわかってきた。
大きくはないし、決して立派でもないが、
自分の中では手応えがある「実り」である。
今年の秋、例年以上に
木の実草の実展を楽しく鑑賞したのは
たくさんの木の実や草の実の中に、
わたしの実をも並べて
自己分析が出来たからなのかもしれない。
秋の実りはやがて地面に落ち、
冬は種子となって、
雪の中で力を蓄えながら、春を待つ。
春は出羽屋にとって格別の、山菜の季節。
スタッフのわたしにとっては、
新たな挑戦の季節ともなっていくようだ。
しっかり芽生える春を目指して、
秋の実りをじっくりと噛み締め、
少しゆっくりと、それでいて着実に
実からた可能性の種を育てる冬を
丁寧に過ごしていきたいものだ。
